国語の教科書で読んだ、太陽を探しに行くやつのタイトルが思い出せない

小学生のころに、国語の教科書で読んだとある物語が記憶に残ってるんですけど、
そのタイトルが思い出せないんですよ。
でも内容について書いてみたいと思ったので書いてみたいと思います。
このまま内容も忘れてしまうのが一番もったいないですし。

太陽がなくなってしまった世界(村)のお話

なんか「太陽を探しに」みたいなタイトルだった気がするんですけど、
ググってもなかなかヒットしないので、きっと違うんだろうなと。

で、どういう話かというと、山奥に村があるんですけど、ある日太陽が空に昇らなくなってしまったんです。
何日も続いてしまいさすがに困ったぞ。というところで勇気ある村人が太陽を探しに行くことになりました。

(は?って感じかもしれませんが、そういう話になるくらいのすごい古い時代の話だと思ってください。)

勇気ある村人達が、俺が!俺が!と応募する中、一人の女性が、

「私に行かせてください」
と声をあげました。

「私が一番適しております。なぜなら私は一人の子供を身ごもっているのです、
私になにかあったとしてもその子供がいつか太陽を見つけてくれるでしょう」

という言い分です。

村長も、「なるほど。ではあなたに託そう」
ということでその女性が太陽を探しに行くことになりました。

そして長い年月が流れ、未だに太陽は空にあがりません。

もう村では旅立っていった女性の話をする人もいなくなりました。

しかし女性が旅立って100年くらい立ったころ、突然太陽が空にあがりだしました。

そして村人は思い出しました、かつて太陽を探しにいった女性とその子供のことを。

めでたしめでたし。

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これだけ聞くと本当に何を伝えたい話なのかまったくわからないんですけど、僕もわからないですよw

でも最近ずっと頭の中でこのお話が離れなくて。

旅立っていった女性が実際に太陽を見つけることができたという描写も多分なく、
ただ、忘れたころに再び太陽があがったというだけの結論。

個人的に、
身ごもってる子供に、生まれる前から太陽を探しに行くという使命を託していくというところが考えさせられるところで。
きっと一般的には、
なんて勝手な話だ!
ということになるんでしょうけど、僕的にはアリだと思ってるんですよね。

自分が親の立場でも子供の立場でも考えは変わらないです。

きっとそういう旅をするからこそ出会える人々や、経験もあるでしょうし。
村にいるだけじゃ絶対に経験できない世界があるし。

そう考えるとむしろ行きたいし逆にそういう使命をくれなかったことに憤慨しそうです。

日本人は、
・他の人と違うこと
・一般や常識から外れたこと
・過去のやり方を否定するような新しいこと
などをやる際にどうもネガティブな印象をもってしまいがちです。

他とは違う新しいことをやることにむしろどういう意義があるのかをもう少し考えてリスクを負ってでもチャレンジしよう。
という姿勢をもっとだしていくべきなのかなって思います。

・・・すっごく話がそれましたが、
この話のタイトルがわかる方、もしいたらコメントなり、ツイッターで教えていただければ幸いです。

日記

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