日記

僕が小説や実用書を読む理由

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僕は小説や実用書を読む。

「僕は小説や実用書が好きだ」
と書かないのは読んで字の如く、別に好きだから読んでるわけではないからだ。

じゃあなぜ読むか。

それは小説などを読まないでいると文章の読解力が下がる気がするから。

ツイッターなどのSNSの普及によって世間にはとにかく言葉が溢れている。

そしてそれらは適当に流し読みして、「間違って解釈して」読み終えてもなんも問題がないほどのものだ。

この「適当に流し読みしても問題がない。」というのが個人的に怖い部分だと思ってる。

これに慣れてしまうとどんな文章も適当に流し読みしてしまうようになっちゃうし、
流し読みで理解できないような難しい(?)文章がでてくるとアレルギー反応のようにそっ閉じしてしまう。

そういった背景のもと起こっている問題について書いてあるのが、少し前に話題になった、
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』
という本だと思う。

読めないならまだいいのだが、
「眺めた上で自分なりに都合のいいように内容を解釈して理解する」というパッシブスキルがついてしまう点にも不安を覚える。

「難しい単語はわからないけど、きっとこういうことだろう。うん、そうに違いない。」
と"無意識"にこういったふうに脳が動くんじゃないだろうか。

「バカの壁」という本が確かそのことについて言及してた気がする。
気が向いたら書店で立ち読みして読むといい。
買う必要はない。面白いのは最初だけで、100ページ目以降はオナニーだったので。

日本人のちゃんと読む能力が下がったことで、特に考える必要もなく楽に読めるラノベが流行るのはわかるし、
それによって、
「これくらいの小説なら私でもかけそう」って思う人が増えて、
「小説家になろう」(誰でも小説を投稿できるサービス)とかに投稿する若い人が増えてるんかなぁとか。

話を戻そう。

決してツイッターに流れる適当に読んでも問題ないツイートや、手軽に読めるラノベとかが悪いと言ってるわけではない。
それらにはちゃんといい所だらけだし最近はツイッターもよく眺めるしラノベだって僕は読む。あれはいいものだ。

しかしそれだけを読むようになってしまうと読解力が削られていってしまうため、
やはりきちんとした文章(お金を払って買う小説や実用書)にも日々触れていきたい。

そしてわからない単語があったらちゃんと調べるとかそういった手間も含めてしっかりと文章を楽しめるようになりたい。

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